私がスクールカウンセリングの仕事をはじめてから
1番の驚きは、子供たちのもつ生命力の輝きと
そして家族の重みかなあ。
先生方が気になりますって相談を持ちかけられる子供の大半は
なんらかの形で家族関係が難しくなっている場合が多いです。
これはどこでも言われていることでしょうが、
満たされているときって、必要以上に人や状況に対して
過剰にアクションを起こすことって少ないですよね。
言葉をつかって自分の気持ちを正直に話すことができない子供たちが
表現する手立ては、周囲と軋轢をうむようなものだったりすることが多い。
だけど、いつも思うんです。
どんな状況でもね、人ってやり直しが、
自分で自分を幸せに導くことができる力を持っているって。
悲惨な状況を見るたびに、やれることをしっかりと思いますが
決してこちらが絶望することないように。
誰もがきっとどこかで抱えている痛みや、生き辛さって
決して否定することができないもので、
それがなくなれば、どこかで何かをすれば、それが解消されて
生き易くなるっていう解決方法は難しいことって多い。
過去の書き換えができればいいけれど(実際には可能だと思うけれど)
事実として消えることはないですよね。
うちの小学校の子供たちを見ていても、いつも感じます。
親御さんのほんの人さじの愛情が、この子達の今に必要なのに、と。
きっと、親御さんも精一杯なんだと思いますよ。
たとえそれが世間の常識から外れたところであってもね。
人って自分を慈しめないときに、他人を慈しもうとすることは
本当に難しい。もちろん、そうやっている人もいるかもしれないですが。
自分の子供であっても、それができない親御さんってたくさんいます。
みんな、選んで生まれてきたのにね、このお母さんの下へって。
親に虐待されたり、慈しまれなかったり、ほっとおかれたりする経験があって
大人になってきたとき、少なからず生き方に影響を及ぼすでしょう。
私にはそういった意味での辛さは、少なかったかもしれません。
そういった人の話を聞き、子供たちを見るたびにいつも願います。
どうか、決して自分だけは、自分の味方であってほしいと。
誰も、親さえも、愛してほしい人に否定されたとしても。
あなたの美しさは消える事がないのだから。
誰かを憎んだり、誰かを赦せないと思ったりするときって、
結局ね、そんな自分を責めてたりするんですよね。
じゃあ、赦さなければたどり着けない道があるのか
と聴かれれば私にはわかりません。
赦せない気持ちを赦せとはいえないから。
それすらも、あなたの気持ちであることはたしかなのだから。
私が事件の加害者を赦せたのは、私が私を赦すことを決めたからです。
私の中にある罪悪感を赦すことによって、
そしてやっぱり人を赦すことによってたどり着けた道が私にはありました。
自分を赦すことは、他人を赦すことだった。
何度も泣いては、何度も絶望しては、の繰り返しでしたが
もう私はそこにはいたくない。愛を本当の意味で知りたいのだと思ったとき、
内側から響くものが、そして周りの風景が変わっていきました。
それは、私の目に映るものが変わってきたからでしょう。
でも人に強要しようとは思いません。
みんな自分なりのプロセスを歩いている。
受け入れてくれる場所がないのは、やっぱり苦しいです。
私も孤独だったから。吐き出す居場所がないのと、あるのとでは大きく違う。
外側に求めてもないのなら、自分で作ればいい。
自分の内側には、いつでも帰ってきて、戻れる場所がある。
あなたの内側には、あなたの絶える事のない希望の明かりが
灯っていることに気がつく勇気をどうか持ってほしいと思います。
子供たちの将来を悲観しては、何もできません。
どうしてこんなことになってるの?って思う子供たちを目の前にして
湧き出てくる感情は、涙なしでは語れないこともありますが、
だからこそ、今伝えられることを、今できることをやるしかないと思っています。
そしていつでも言いたい。
あなたは特別で、あなた自身が宝物なんだよって。
そして、人それぞれ大切な宝物をみんな持ってる。
いつか、気がついてほしい。大人になった、あなたにも。
どんな悲惨な状況にあっても、あなたは必ず抜け出せる。
あなたさえ決めれば。たとえ道のりが遠くて、途方にくれていても。
どこにいたって、あなたの1番の味方になれるのは、あなた自身だから。
そして、そばにいるよ。話しかけてくれれば、いつだって。
僕の希望は、僕の内側に。